コラム

ライサポ環状線 外回り:2026年8月号 「相模原市の事件から10年」

2026.08.01

©Life Support Association

column

社会福祉法人 ライフサポート協会

重い障害があっても生きる価値がある

 2026年7月26日。神奈川県相模原市の障がい者支援施設津久井やまゆり園で発生した入居者19人を殺害したあの事件から10年の節目の日。大阪梅田でも障がいのある人たち等による集会が開かれていました。

犠牲になった19人の方の人となりが書かれた幟が、重い障害があってもかけがえのない命だったことを訴えています。犯人の言うような「意思疎通ができない人間に生きる価値がない」ということへの抵抗でもあります。

私もかつて同じような施設で働いていた犯人と同じような立場の職員でしたので、この事件には深いショックを受けました。

『職員たちの10年』と障害者を取り巻く10年

 NHK「クローズアップ現代」(2026/7/29放映)で『職員たちの10年』と称した番組が放映されました。同僚だった職員が「自分の支援を見た犯人が差別的な思想に至ったのでは?」「自分たち職員の言葉の端々から弱いものを見るという見方が伝わっていたのでは」という煩悶や後ろめたさがある…と放映されていましたが、私も施設職員だった頃を顧みると、その時々では「入居者のために」と勤務していたものの、やはり不適切な支援をしていたのだという思いに駆られます。

事件のあった施設から出て地域のグループホームに住む入居者さんもいました。その当時の施設職員も「意思決定支援」について学び、葛藤を抱えながら福祉に携わり、入居者さんの行動や発信の変化に気づけるようになったそうです。ですが、梅田で訴えられていた当事者の発言にあるような「犯人に同調するような考えの人」や「地域と隔絶した状況」は10年経ってもあまり変わっていないのかもしれません。

経済的な価値を最優先させる世の中は誰しもが生きづらい

 以下に少し長くなりますが、福島智さんの論考から引用いたします。http://bfr.jp/pickuprepo1/

『生きたかった――相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの』(藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫(編)/大月書店/2016.12)

優生思想に抗いながら、いまを生きる意味を問う

 事件から、この論考が出されてから10年が経ちました。福祉の業界では「我が事・丸ごと・地域共生社会」を掲げられ、「誰一人取り残さない社会」などと、一見きれいな言葉は聞こえてくるのですが、人々が孤立し、身寄りのない高齢者も増えました。AIの進化もあって、労働における人が行う価値や意味さえ変容しようとしています。人間の能力差や生きる意味さえ、揺らいできているように思えます。福祉の世界でも、ともすれば経済的価値で図られたり、生産性の向上を迫られています。

このような状況にあるという現実を踏まえつつも、社会的に強いものや勝者だけが生き残れるという「優生思想」に対して、どこかで抗い、どこかで議論しないといけないですし、人や地域のつながりを再構築し、利用者さんもご家族さんも職員も地域の人も、誰もがかけがえのない存在だと思えるような法人運営をしていかねばと思っています。