2014年10月16日
ライフサポート協会 常務理事 村田 進
2025年、団塊の世代が後期高齢者に突入することを見越して、日本の社会保障のあり方に様々な検討がなされています。急激な医療・介護等のニーズが増加する問題、国の財政赤字や介護保険の保険料高騰等の財源問題、少子化による医療・介護人材の確保の問題等々、課題は山積で、待ったなしの状況です。
厚生労働省は「地域包括ケアシステム」を導入することによって、地域における医療・介護等の連携による効率的な地域支援で、高齢者の安心した地域生活の推進を図るとしています。2013年3月の「地域包括ケア研究会報告書」に、地域包括ケアをイメージした次のような図が掲載されています。
「地域包括ケアシステム」には「住まい・医療・介護・予防・生活支援」という5つの構成要素があり、地域生活の基盤となる「住まい」と「生活支援」の鉢の上に、専門的なサービスである「医療」「介護」「予防」の連携があるとしています。これら多様な支援の連携をめざすのですが、その大前提に「本人・家族の選択と心構え」がコースターとして表現されています。つまり、多少不便でも住み慣れた地域で暮らしたいという思いや、我が家で親しい人とのつながりを大切にしながら最後の時を迎えたいという覚悟を求めています。もちろん、本人と家族に単に「決断」を求めるのでなく、専門職や地域の人びとが一緒になってその決断を支えるという取り組みが同時に必要であることはいうまでもありません。
今年6月、国会で「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」(いわゆる「医療介護総合確保推進法」)という長ったらしい法律が制定されました。これは持続可能な社会保障制度の確立に向けて、地域における効率的な医療と介護の総合的な確保をめざすための医療法、介護保険法の改正をその趣旨としています。
とりわけ、介護保険法の改正部分では、(1)介護予防の訪問介護と通所介護を介護保険制度から切り離して、市町村の地域支援事業に移行させること、(2)特養の入所対象者を、在宅生活が困難な中重度の要介護者(要介護3以上)に重点化すること、(3)一定以上の所得のある利用者の自己負担を2割へ引き上げること等が定められています。改正は来年4月からの施行ですが、予防訪問介護や通所介護の地域支援事業への移行等は3年の猶予期間が設定されており、遅くとも2018年4月からは全ての自治体で「介護予防・日常生活支援総合事業」(以下、「総合事業」)が開始されることになっています。
この「総合事業」については、8月に厚生労働省が全国の自治体に対してガイドライ案を示しています。それによりますと、「総合事業」の趣旨は、「市町村が中心となって、地域の実情に応じて、住民等の多様な主体が参画し、多様なサービスを充実することで、地域の支え合い体制づくりを推進し、要支援者等に対する効果的かつ効率的な支援等を可能とすることを目指す」としています。「総合事業」での生活支援サービスの担い手は、これまでの予防訪問介護や通所介護等の事業所のほかに、NPOや民間企業、ボランティアなど地域の多様な主体を活用することを想定しています。
これはまさしく、先の「地域包括ケアシステム」の生活支援サービスを充実させることを意図しての改革です。
しかしながら、この法改正に対しては多くの批判が出されています。中でも特徴的な批判は、「予防給付の市町村移行は、国による公的責任の放棄だ」というものと、「市町村や地域に生活支援サービスを担う力はない」とするものです。この改正を実行すれば、サービス量の不足などによって、要支援該当者の多くが生活困難に直面し、結果として要介護者の増加を招くことになるとの批判です。
確かに、介護保険制度発足からの14年で要支援者を含めた生活支援サービスは定着していますし、介護保険以前にあった市町村の地域支援事業は大幅に削減されており、再度サービス体制を構築するにはかなりの努力が必要な状態であることは間違いありません。ただ、今後の日本社会が直面する状況を考えた時、上記のような批判だけでは解決策が見えてこないように思います。
まず、「公的責任の放棄」という批判ですが、現実としての「国や自治体の財政赤字」が待ったなしの状況にあることを直視することが必要です。日本に再び右肩上がりの経済成長の時代を期待することはできません。国の制度の拡充に頼った社会のあり方を見直さざるを得ない状況であることをふまえ、低成長を前提にした生活様式の改革という視点が必要ではないでしょうか。公的責任の追及、すなわち公的制度の拡充には当然、財源が必要で、消費税率20%以上が必要といわれています。また介護保険料も月5,000円の壁を大きく超える必要が出てきます。低所得者への配慮を言えば、その分はそれ以外の国民負担となります。大企業や高額所得者からの負担を重くするなどの策はあったとしても、全体の不足を補うには程遠い額です。結局、負担増とセットでない限り、公的制度の拡充は不可能なのです。
さらにいえば、介護保険制度は、介護を要する状態になった場合に備えた保険制度ですので、制度によってサービス内容が限定されています。庭の草むしりやおしゃべり相手、友人宅の訪問や墓参りなどは制度外として禁止されており、地域でのその人らしい暮らし全体を支えるには不十分なものです。
したがって、困難を抱えた高齢者の地域生活を支えるためには、制度に依拠しない地域の住民による「互助」の世界を広げていくことが不可欠になっています。
次に、「地域に生活支援を担う力はない」という批判についてです。高度経済成長による過疎過密問題、核家族化等によって、地域の支え合いの力は急激に衰え、既存の地域組織の衰退は孤独死など多くの問題を引き起こしているのは事実です。地域組織は高齢化し、若者たちは閉鎖的な地域活動から離れて、自分たちの嗜好によって、それぞれ地域を越えたつながりを求めていっているのが実態です。
しかしながら、この地域の危機的現状を克服するための取り組みは、地域福祉やまちづくり等の形で多様に取り組まれてきました。2000年の社会福祉法で初めて地域福祉計画の推進が市町村に義務化されて以降、全国で地域の福祉力向上に向けた取り組みが着実に広がってきていますし、2011年の東日本大震災の教訓を受けた防災対策でも、地域での住民による要援護者支援が大きな課題として取り上げられるようになってきました。
介護保険制度が新たな事業者の参入を促した結果、多くの民間企業が地域の福祉活動に関わりを持ってきており、福祉にかかわるNPO法人も28,700にのぼっています。今回の「総合事業」には全国のNPOが注目しており、NPO市民福祉団体全国協議会などは、全国に配置される予定の「生活支援サービスコーディネーター」の養成研修に取り組みはじめています。
実際、地域の生活支援を担う体制が整うには、かなりの時間と努力が必要なのは明らかですが、本来、福祉の基本である「支え合い」を地域の中に再構築する大きな契機として、この危機を前向きにとらえる視点こそが必要ではないでしょうか。
「支え合う地域づくり」という地域福祉の推進が待ったなしの課題になっている中で、われわれ福祉専門職に求められている課題はなにでしょうか。本来、社会福祉の専門職は、困難を抱えた本人を援助しつつ、その周りに相互扶助の精神に満ちた地域社会を構築するところに役割があります。福祉制度が整備されるなかで、専門職自身が制度のタテ割り意識に染まって、本来の任務を忘れてしまっている残念な現状がありますが、福祉改革の危機的状況の中で、改めて福祉専門職の本来機能の回復が求められています。
地域福祉の推進における福祉専門職の役割は、第一に、「本人主体の援助」を貫くことです。専門職としての個別援助に際して、本人の意向や主体性を尊重して支援していくことは当然の話ですが、同時に、地域の住民と一緒に本人への支援の輪をつくりあげていくことが求められます。大切なのは住民自身が、「本人の思いへの理解を深め、本人の主体性を支えることが何より大切である」ということを意識しながら取り組めるように、専門職が援助していくことです。良かれと思っての住民の支援が、かえって本人の主体性を奪ってしまう例は多々あります。専門職が主体性を引き出すために本人にしっかり向き合うとともに、本人の代弁者として住民に本人理解を求め、両者の間に新しい関係を再構築する役割を果たすことが必要です。
個別ケースへの支援を通じて得られた住民の経験を適切に蓄積・整理し、地域に広げていくことによって、地域の支え合う活動の広がりや組織化に確実に貢献できると思います。
第二に、地域での支え合いの取り組みを専門機関・行政・事業者等の連携によってしっかりと専門的に支える役割を果たすことです。身近な地域での総合相談の窓口を開設し、住民による早期発見・早期予防の活動を的確に必要な機関の支援との協働作業に繋ぐことです。この専門的見地からの支え・協働は地域住民にとっては大きな安心につながることは間違いありません。
今年10月から、住吉区では3つの地域福祉に関わるモデル事業をスタートさせました。
1つ目は、「生活困窮者自立促進支援モデル事業」で、来年4月から施行される生活困窮者自立支援法の先行モデル事業です。区役所に相談窓口と専門相談職を配置し、高齢者・障害者等にかかわらず、地域社会から孤立した生活困窮者の相談・自立支援を行うというものです。
2つ目は、「孤立死ゼロ等地域福祉の課題解決に向けた地域力向上事業」で、2つの中学校エリアに設置された地域包括支援センター(4か所)に、コミュニティー・ソーシャルワーカー(CSW)という専門相談員を配置するものです。このCSWが、当該地域で孤立した住民への相談・支援を、民生委員等の地域の福祉活動家と一緒に取り組んでいこうというものです。
3つ目は、「災害時要援護者支援システム事業」で、災害時の要援護者を本人の手上げ方式でリスト化する事業です。この事業で重要なのは、災害時にとどまらず、日常的に見守り活動をするための支援相談員を地域住民の中に組織しようというものです。
住吉区はこの3事業を制度ごとのバラバラの事業とするのではなく、しっかりと連携した運営を行うことによって、区地域福祉システムの再構築を目指そうとしています。その特徴は、第1に、対象をこれまでの高齢者や障害者等に限定することなく、すべての区内の生活困難を抱えている人に拡大していることです。第2に、区役所・包括支援センター・CSW等、行政と専門機関との連携によって運営されることによって、縦割りを排し、総合的な視点から支援ができることです。第3に、専門機関だけでなく、地域の相談員等の福祉活動家や地域住民と一緒になって生活困難を抱えている人への援助に取り組む仕組みづくりをめざしていることです。
国から示された制度を意図的に活用して、区民と一緒に住みよい支え合いの住吉区をめざそうという、この「地域福祉システム再構築」への挑戦は、福祉制度大転換の時代にあって大きな可能性を秘めたものとして期待したいと思います。