2016年1月10日
ライフサポート協会 常務理事 村田 進
穏やかな天候に恵まれた2016年元旦。恒例の年頭所感で安倍首相は「挑戦する一年」の決意を強調しました。「戦後最大のGDP600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」という目標にむけ新「三本の矢」で「一億総活躍・元年」の幕開けをめざすとしています。
しかしながら、「介護離職ゼロ」は重要な課題ではあるものの、その対策が「特養整備の促進」だと言われると、福祉政策の継続性に疑問を抱かざるを得ません。在宅サービスより施設サービスの方が「効率的で低コスト」という点が優先されてのことでしょうが、何かまるで20年前の施設重視時代の福祉観が官邸を支配しているように感じます。介護の必要な人に合ったオーダーメイドの医療介護サービスと地域での支え合い活動によって、本人らしく地域で暮らし続けることをめざした「地域包括ケアシステムの推進」は一体どうなったのでしょうか。
「一億総活躍」も民主党政権が打ち出した「新たな公共」政策のコピーとの批判があります。出されてくる政策も地域や住民が主体的に地域の活性化に取り組むことを応援するというのではなく、中央指令型での補助金ばら撒きの観があります。
一人ひとりの生活が尊重され、活躍できる社会をどうしたら創れるのか、社会福祉に関わる我々はどのような取り組みを進めればいいのか深く考えさせられた昨年、何と政府から社会福祉法人そのものの存在意義を問う攻撃が打ち出されてきました。
2015年2月、安倍首相は施政方針演説の中で「社会保障の充実」を強調する一方で、「社会福祉法人について、経営組織の見直しや内部留保の明確化を進め、地域に貢献する福祉サービスの担い手へと改革してまいります」と社会福祉法人改革を明言しました。7月には衆議院が社会福祉法人の改革を求めた社会福祉法等一部改正案を議決し、参議院は安保法制強行採決をうけた国会の混乱で、今年1月に先延ばしとなりましたが、超党派で合意された内容のため近く成立する見込みです。
この社会福祉法人改革の議論が高まった直接の背景には、ほんの一握りの社会福祉法人による不正行為(理事長等法人役員の親族企業への不正発注など)をマスコミが大々的に取り上げたことがありました。しかし、2000年以来の公益法人制度改革議論が2008年に新制度として実現したのち、引き続く政府内での規制改革論議の中で、これらの不正に対する批判が意図的に利用されたのではないかと思います。
2000年12月の「行政改革大綱」の閣議決定から始まった公益法人制度改革は、「天下り」や「補助金丸抱え」等による「行政委託型公益法人」をはじめとした既得権化した公益法人と主務官庁との不透明な結びつきの解体に重点が置かれていました。小泉政権以降の市場による経済を重視する新自由主義経済路線は、「民間でできることは民間で」を口実に行政改革に名を借りた公益的事業の抑制を推し進めました。この流れに沿った社会福祉法人に対する批判の根底には、特養など第1種社会福祉事業が社会福祉法人に限定されていることなどを「既得権」とし、「民間への開放」を求める「イコールフッティング論」があったと思われます。
社会福祉法人に改革を求める声には大きく2つの柱がありました。
1つ目は、先にも述べた財界と経済産業省からくる「イコールフッティング論」で、今後も根強く問題提起されてくるものです。かつての社会福祉事業は行政と社会福祉法人によってのみ実施されていました。しかし、2000年の介護保険制度に明らかなように、増大する社会福祉ニーズに対応するために株式会社を含む民間事業者への門戸は今や大きく開かれています。一方、特養や保育所などの施設運営は依然として社会福祉法人に限定されており、同じ在宅介護サービスを提供しているにもかかわらず、社会福祉法人には施設整備補助金が出たり、法人税が非課税という特別な対策がありました。民間事業者への平等な事業参入を求める「イコールフッティング論」はこれらの背景から急激に強まりました。
2013年6月には「日本再興戦略」と「規制改革実施計画」が閣議決定され、保育所運営への民間参入が認められます。翌年の6月にも「規制改革実施計画」が再度閣議決定され、「介護・保育事業等における経営管理の強化とイコールフッティング確立」との項目をたて、「財務諸表や補助金等の情報開示」、「内部留保の明確化」、「多様な経営主体によるサービス提供」等の課題を上げています。
2つ目は、財務省からくる「平等課税論」です。超高齢社会による社会保障支出の急増と危機的な財政赤字に対し、社会福祉制度の効率化と公益法人も含めた事業収益への課税は不可避という議論です。2014年6月の政府税制調査会は「法人税の改革について」を取りまとめ、以下のように社会福祉法人を例に公平な課税の必要性を訴えています。
「特に介護事業のように民間事業者との競合が発生している分野においては、経営形態間での課税の公平性を確保していく必要がある。…略… 特に収益事業の範疇であっても、特定の事業者が行う場合に非課税とされている事業で、民間と競合しているもの(例えば社会福祉法人が実施する介護事業)については、その取扱いについて見直しが必要である。」
一方で、自民党麻生政権後の2009年から2012年は民主党政権であり、全ての人が主人公として支え合う社会をめざす「新たな公共」などの斬新な政策が掲げられた時期でもありましたが、残念なことにこの「新たな公共」論議の過程でも、社会福祉法人は「既得権益」に縛られた保守勢力としての評価しか得られていませんでした。その結果、新たに復帰した第2次安倍政権の下で、上記のような強力な社会福祉法人批判が巻き起こったのです。
これらの批判を受けて、厚生労働省は2014年7月に学識者を入れた検討会による「社会福祉法人制度の在り方について」を取りまとめ、社会福祉法人の必要性を踏まえた改革の課題を整理しました。
さらに、社会保障審議会福祉部会で社会福祉法人改革についての議論を深め、2015年2月に部会報告を取りまとめました。そして、今回、この部会報告をもとに「社会福祉法等の一部を改正する法律案」が国会に上程されたのです。
社会福祉法人制度改革の主な内容は「行政関与の在り方」の項目を別にして大きく4点あります。
第1には、社会福祉法人の経営組織のあり方の見直しで、主な内容は以下の3点です。
これらによって経営組織の相互牽制機能を働かせるとともに、外部の専門家による財務会計チェックの体制を義務化させようというものです。
第2には、社会福祉法人の事業運営の透明性の向上で、社会福祉法人の定款、事業計画書等、事業の概要書類を閲覧する規定を設け、一般に公表することを義務付けています。
第3には、社会福祉法人の財務規律の強化で、主な内容は以下の3点です。
つまり、社会福祉法人の財務運用に対する社会の不信を払拭するために、基準等を明確化したものです。
第4には、地域における公益的な取り組みを社会福祉法人の責務とすることです。
具体的には、既存の制度の対象とならないサービスや、日常生活・社会生活上の支援を必要とする者に対して無料又は低額の料金により福祉サービスを提供することを社会福祉法人の責務として位置付けることを求めています。
今回の法改正案は、誤解に基づく多方面からの社会福祉法人批判にたいして、日本の社会福祉の中核を担ってきた社会福祉法人制度をしっかり守ったものとして高く評価したいと思います。
まだまだ油断はなりませんが、「イコールフッティング論」を論拠とした新自由経済主義による社会福祉の市場化に一定の歯止めをかけたものといえます。同時に、財務省による積年の課税主義に対して、内部留保の基準や社会福祉への再投資を明記にすることによって非課税の法的根拠を示せたと思います。
つまり、公益性・非営利性の強い社会福祉法人は、他の事業主体では対応できない福祉ニーズに取り組み、地域社会に貢献する責務を負うものであり、法人収益を法人事業の継続や地域福祉に還元できる根拠が明確になったのがこの法案であるといえます。
この法改正は社会福祉法人に対して本来の原点に立った実践を求めるものです。逆に言えば、介護保険法前後に施設運営を目的としてできた社会福祉法人が、しっかりした経営や地域貢献に取り組まなければ、社会福祉の世界からの「退場」を迫られる事態がやってくるということです。
福祉の課題が多様化、複雑化する日本社会にあって、今こそ社会福祉法人は大きく二つの役割を果たすべきであると考えます。
第一には、格差と孤立の深まる社会で困難を抱えている人びとをしっかり支える活動に取り組むことです。制度の狭間の課題も含めて、その人の地域での暮らしを本人の立場に立って専門的に支援する取り組みです。多様な事業者が参入する福祉現場で、本人の権利を守るために本人主体の支援の柱をしっかりと打ち立て、支援の質をリードする活動が求められています。
第二には、本人を中心に地域の中に支え合うつながりを創る活動です。地域住民によるインフォーマルな活動を積極的に支援し、地域の福祉力を高める場と機会を提供する役割が求められています。同時に、住民の活動を支える医療・介護等の専門職や事業所のネットワークづくりも重要な役割の一つです。
高齢者や障害者の問題だけでなく、若者や子ども、シングルマザー等、地域で孤立した多くの人びとが生きづらさを抱えて暮らしています。一方で、住民が互いに支え合い、つながり合う活動が様々な地域で広がりつつあります。
社会福祉が地域社会を変える。地域福祉の取り組みの先頭には、常に社会福祉法人の姿があるといわれることこそが法人設立の願いではなかったのでしょうか。
社会福祉法人の真価が問われる時代を迎えています。