コラム「夢を抱いて」
2017年1月23日
ライフサポート協会 常務理事 村田 進
昨年末、厚生労働省の検討会が「中間とりまとめ」を発表しました。「地域における住民主体の課題解決力強化・相談支援体制の在り方に関する検討会(地域力強化検討会)」によるもので、副題には「従来の福祉の地平を越えた、次のステージへ」となっています。
「地域力強化検討会中間とりまとめ<PDF>」(2016年12月26日)
この検討会は日本福祉大学の原田正樹教授を座長として全国の地域実践家等が参画して議論されたものですが、委員の中に中恵美さん(金沢市地域包括支援センターとびうめ センター長)の名前を見つけました。彼女は、3年前の大阪市立大学岩間伸之教授の研究会でご一緒させていただき、生活困難者と地域を一体的に支援する彼女の実践事例を通じて、多くのことを学ばせていただいたことを思い出しました。この「中間まとめ」の中にも、彼女の実践を踏まえた視点が数多く取り上げられていることが分かります。
少子高齢化・人口減少社会を前に、安倍内閣は「ニッポン一億総活躍プラン」を掲げています。「女性も男性も、お年寄りも若者も、一度失敗を経験した方も、障害や難病のある方も、家庭で、職場で、地域で、あらゆる場で、誰もが活躍できる、いわば全員参加型の社会」(同プラン)をめざし、日本経済の成長につなげようというものです。
「中間とりまとめ」では、同プランが掲げている「全ての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる『地域共生社会』」を取り上げていますが、その実現のためには、社会的孤立や社会的排除といった現実の課題を直視し、地域での共生の難しさを踏まえた上で、その克服に向けて一人ひとりの努力が必要だとしています。
政府から理想のプランが出されても、現実には地域社会における住民のつながりが希薄化しており、地域課題に取り組む住民の高齢化や人材不足は深刻になっています。地域で支え合う活動が必要なのはわかっていても、どうすれば住民が参加し、課題に取り組んでいけるのかの具体的な道筋が見えない事が問題でした。
「中間とりまとめ」は、「3つの地域づくり」を示し、これらの相乗効果で地域住民の主体性が高まるとしています。
1つ目の地域づくりは、「自分や家族が暮らしたい地域を考える」取組みで、「このような地域にしたい、このような取組をしたい」という主体的、積極的な姿勢と地域の課題が結びついて取り組まれることが大事としています。そのために、取組みが「楽しい」「やりがいがある」こと、福祉以外の分野との連携・協働によるまちづくりに広がる地域づくりが必要としています。
2つ目は、「地域で困っている課題を解決したい」という気持ちで、様々な取組みを行う地域住民や福祉関係者によるネットワークにより共生の文化が広がる地域づくりが必要としています。
最後に、「一人の課題から」の取組みで、地域住民と関係機関が一緒になって解決するプロセスを繰り返して気づきと学びが促されることで、一人ひとりを支えることができる地域づくりが大事とされています。
とりわけ、「一人の課題から」の地域づくりでは、「ごみ屋敷」の例をあげて次のようにその意義を説明しています。
「相談支援の専門員が、本人に寄り添い信頼関係を築く一方、地域住民が片づけに参加することにより、ごみ屋敷の住人と住民との間に緩やかな関係ができることで、再度孤立に陥ることなく生活することが可能になる。さらにその人が「働ける」場所を地域の企業や商店街の中に見出すこともできる。そのことにより、本人も支える側にもなり、やがて地域の活性化に向けた担い手にもなる。また、企業や商店街も地域福祉の担い手となっている。こうした取組は、『制度』の力ではなく、『人』の力である。」
「他人事だった住民が『私たちがこんなことができるんだ』という気持ちに変わり、困難に直面している人がいても自分たちが『何かができるかもしれない』という意識が生じ得る。こうした小さな成功体験の積み重ねによる気づきと学びにより、一人の課題が地域づくりにつながっていく。」
地域の生活困難を抱えている人に関わる体験が、住民に「我が事」としての意識を生みだし、一つひとつの成功体験が次の主体的・積極的な取組への可能性を開く。つまり、地域の中に担い手とつながりを生み出していくのに有効な方法であるということです。
以前、介護保険制度が始まった頃、家族による介護という「世間の常識」にとらわれた家族から、「近所に介護サービスを使っていることが分からないようにしてほしい」と言われ、離れた道端にデイサービスの送迎車を停めたり、エプロンを脱いでヘルパーが訪問したりせざるを得ませんでした。その後、介護サービスとして定着すると、それまでその人を気にかけていた近隣の住民が、ヘルパーやケアマネにお任せして関わりを弱めてしまうことも起こりました。
このような経験を経て、私たち福祉の専門職は、生活困難を抱えている人への支援をする際、その人の周囲の人々とのつながりづくりを意識して働きかける努力をするようになりました。デイサービスの送迎時に出会った近所の知り合いの住民さんに「行ってきま~す」と本人と一緒に挨拶し、ケアマネは隣近所の人に独居の本人に何かあったら連絡をお願いするようにしています。
本人の持っている地域での人間関係やつながりを維持・拡大し、一緒に関わってもらえる人の輪を広げていくことは、地域での個別支援では欠かせません。
同時に、専門職に求められている事は、本人に関わる人への支援と組織化への取組みです。関わり方のアドバイスや関わりへの評価・意味づけが、関わった人の体験を経験値に高めることにつながります。また、地域で関わり体験の情報交換会や報告会を組織することで、関わる人の間での連帯感や地域の仲間意識を育むことになります。これらの関わりと取組みを重ねる中で、住民にとって「明日は我が身」としての「我が事」意識や、どんな問題を抱えても支えてくれる地域の仲間がいるという安心感が生れてきます。
「誰もがその人らしく、安心して暮らせる地域づくり」に貢献する専門職の役割は大きいと改めて感じました。