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コラム「夢を抱いて」

「松明(たいまつ)」を受け継いで

2017年3月10日

ライフサポート協会 常務理事 村田 進

イラスト 今から20年ほど前、サンフランシスコにあるNPOを支援する銀行を訪問したことがあります。後日、日本で開かれたセミナーで再会したその銀行の頭取は、私に次のような質問をしてきました。

「日本の銀行は、なぜ担保にこだわるんだい? まるで質屋みたいだね。」

イラスト 彼は長年の銀行マンとしての経歴の中で、貸し倒れを起こしたのはわずか百ドルしかないことを誇りにしていました。

 「事業に資金を貸すことは、確実に損をしないように担保を取ることが前提ではない。融資した資金を基に、その事業が着実に利益を上げ、結果として融資返済が行われ、更に次の事業へと発展させることが目的だからだ。私は借り手の経営者に帳簿の付け方からマーケッティングまで事細かに援助し、彼ら自身の力で事業が成功するように応援してきた。」 金融のプロである老銀行マンはそう言って胸を張ったのを昨日の事のように覚えています。

 困難を抱えた人を援助する際、彼ら自身の意思と力で自らの人生を切り拓いていけるように応援することこそが目的でなければならない。この「本人主体」の原則が、今日の社会福祉援助の現場で正しく実践されているのか、改めて考える必要があるように思います。

イラスト このコラムを書いている最中、大阪市立大学の岩間伸之教授が急逝されたとの一報が入ってきました。通夜や葬儀で岩間先生のご遺体に直接お別れをしたのですが、未だに信じられず、事実として受け止められない心があります。

 岩間先生は、一貫して対人援助(ソーシャルワーク)の根拠としての「価値」について理論を展開されてきました。「本人主体」という「中核的価値」と、その基底に「根源的価値」としての「存在の尊重」、「主体性の喚起」、「支え合いの促進」を位置づけています。※1

 そこに生きているだけで意味のあるかけがいのない存在として本人を尊重するところから援助は始まること。人生の主人公は本人自身であり、援助者は本人が人生の主体者として生きようとしていく過程を支える役割をはたすこと。本人と社会が不健康な依存関係をとるのではなく、双方が共に成長していくための相互依存関係を構築していくこと。これらの価値に依拠してはじめて「本人主体」の援助へとつながっていくことを理論的に示されてきました。

 数年前、大学での研究会でこれらの価値に関わる話を岩間先生に教えていただいたことを思い出します。

 アルコール依存に苦しむKさんの事例を本にまとめた際の話では、困難な状況に陥っている本人の心情に援助者がしっかりと思いをはせることの大切さを強調されていました。

 「断酒が続かず再度お酒を口にした瞬間の自分への怒りと沈鬱さ。離れていった家族、周囲への数々の迷惑行為、動かなくなっていく身体機能をめぐる深い自責と後悔の念。」※2 荒廃した孤独な世界の淵にいるKさんの心情に思いをはせ、先生は『ボロボロ涙を流しながら原稿を書いた』と話していたのを思い出します。

 認知症の独居高齢者への生活支援についての事例検討では、本人の参加と決定を支える援助を強調されていました。

 社協による金銭管理の援助が入っているにも拘らず、スーパーに買い物に行くとついあれもこれもと買ってしまい、予算オーバーでスーパーの店長に迷惑かけることをたびたび起こしているケースでした。本人の「買物したい」という思いを大切にしたいが、買いすぎで迷惑をかける店長にも協力をお願いする必要があり、本人に渡す金額を制限すべきか等を悩むワーカーに、「本人と一緒に考えて、決めること。店長にお願いする際は、必ず本人と一緒に行き、本人からお願いすることが大事です。」とアドバイスされていました。

 また、制度やシステムについての議論も大事だが、なにより個別援助の質にこだわることの大切さを強調されていました。今日、社会福祉が国民的課題となり支援の担い手に民間企業をはじめとする多様な人々が参画するようになっているだけに、「援助者側の不適切な対応」※3が本人を支援困難な状況に追い込む要因になると、援助者の価値観を深める必要性を説かれていました。

 2000年の社会福祉法改正以来、地域福祉の推進は確実に広まりを見せています。 「地域包括ケア」や「全世代型福祉」等は、地域を基盤に従来の制度のタテ割りを越えた総合的な支援が課題となり、そこに地域住民の参画が欠かせないものとなってきています。公助の後退や地域住民への丸投げだとの批判もありますが、その意味するところは、困難を抱えた本人の住む地域で共に住む住民と一緒に支援の関係を積み上げていく中で、誰もが安心して住み続ける地域を住民自身が創造していく自治の拡大にあるのではないでしょうか。

 「個人の『存在』の尊重は、地域住民の『主体性』につながる。個人の問題と同じく、地域の問題はその地域住民にしか解決できないという共通原理に基づいている。地域住民が『お互いの存在を必要とする』ように働きかけることは、まさに地域を相互援助システムとして形成していくための原理である」※4

 岩間先生の語る「根源的価値」は、個人と個人を支える地域を支援する対人援助職(ソーシャルワーカー)に不可欠のものであり、そのことが社会の民主化、住民自治の深化を裏打ちすることにつながると確信しています。

 先生の掲げられた「松明(たいまつ)」をしっかりと受け継ぎ、現場実践を通じて着実に広めていく課題に決意を新たにしたところです。

  • (1) 岩間伸之『支援困難事例と向き合う』中央法規2014年 P154~155
  • (2) 同 P81
  • (3) 同 P136~138
  • (4) 同 P169