コラム「夢を抱いて」
2018年3月26日
ライフサポート協会 理事長 村田 進
先日の朝日新聞で「介護保険料 月6,000円以上6割」の記事を見ました。中でも大阪市は全国最高額の7,927円で、4月から1,169円の値上げになるとのことです。低所得の独居高齢者が増え続ける大阪市は、2025年には月額10,200円にもなる予測で、年金暮らしの高齢者にとっては厳しい未来がやって来そうです。
超高齢社会に突入し、サービス量が大きく増えることが予想される中、制度の維持のため、全国の市町村は保険料値上げだけでなく、効率的運用や予防事業重点化等の様々な施策を模索しています。
2011年の介護保険法改正で明記された「地域包括ケアシステム」は、介護保険制度の効率化を一つの目標に導入されたものです。これを中心的に推進してきた社会保障審議会介護給付費分科会長の田中滋慶応大学名誉教授は、月刊福祉(2018年4月号)で「地域包括ケアシステムを考えるうえで大切なふたつの切り口」を強調されています。「ひとつは、現在元気な60歳代の団塊の世代を含めたすべての人を対象とした、要介護にならないための予防と社会参加」、「もうひとつは、中重度の要介護者で、(略)どこに住んでいてもその地域で医療や介護などの専門職が適切に対応する、(略)介護保険は主に後者のための制度」であるとしています。予防を強化することで介護状態に陥る事を先延ばしし、中重度に介護対象を重点化することで介護給付費の総量抑制を図ろうというものです。
軽度者の介護ニーズをどうするのかという問題はあるにしても、一定の方向性を示したものといえます。その上で、以下の二つの課題について検討が必要です。
厚生労働省は、2016年7月に「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部を設置し、地域共生社会の実現に向けて、①地域住民による「我が事」としての主体的活動や地域づくりへの支援、②本人ニーズを「丸ごと」受けとめる総合相談支援体制の整備、③「縦割り」の公的福祉サービスを「丸ごと」へ転換するサービスや専門人材の養成課程の改革を掲げました。その背景には、生活困窮者自立支援法制定につながる地域に溢れる様々な困難を抱えた人々の存在があります。障がい者支援においても、「地域移行」や地域での「就労支援」が課題となり、子どもの貧困問題など、多様な福祉課題を地域で考える必要性が高まっています。
地域包括支援センターの支援の中でも「8050」問題がいわれ、80歳代の要介護高齢者を支援する中で同居する50歳代の引きこもりの息子の支援に関わらざるを得ない実態が全国的に明らかになってきています。「地域包括ケアシステム」は、単に介護保険制度の枠内だけで納まるものではなく、地域に存在する多様な福祉課題に対応できる仕組みとして考える必要があります。
「我が事」としての地域住民活動も、本人ニーズを「丸ごと」受けとめる総合相談支援体制も、残念ながら地域の実情からはかけ離れた目標となっています。地域の住民活動を主として担ってきた自治会などの地縁組織は高齢化や人材不足で停滞しています。支援機関や専門職は制度の枠に縛られて包括的な支援の視点をなかなか持てずにいます。この現状を踏まえて、地域と専門機関を支援する「中間支援組織」をどう整備するのかという点を明確にする必要があります。
「地域包括ケアシステム」を行政・支援機関・専門職のネットワークとして行政区の段階で作るのであれば、そんなに難しいことではありません。しかし、それでは地域の課題に応えることはできず、既にある情報交換中心の連絡会に止まることになります。
重要なのは住民の身近な地域(小学校区)で住民活動を支援したり、地域の課題に関わる専門機関の連携を創ることにあります。ここでは行政の「中間支援組織」を地域福祉の中でどう捉えるかが問われています。
大阪市の例をとれば、各区に置かれている「まちづくり支援センター」は地域活動協議会の活性化を支援することを主たる目的に公募・委託されています。(単年度ごとの契約、2.8人配置で1,400万円の委託料)全区で社会福祉協議会が受託しているものの、1年契約の非常勤職員しか配置できない委託料で区内の全ての地域活動協議会の活動を支援する現状からは、行政が単なる安上がりの下請け事業としか見ていないのではないかという気がします。地域包括ケアシステムを具体化する上で、まさに行政の本気度が問われています。
大阪市は国の制度を活用しつつ、独自に様々な事業を創りだしてきています。残念ながら縦割りの制度の下に作ってきたため、相互の連携がなく、地域で重複し非効率なものになっています。大阪市が地域福祉を進めるためにまず一番重要なことは、既存の事業も活用し、制度の枠を越えた事業連携に取り組むことです。
地域包括支援センターは主に2つの中学校区に配置され、既に地域の課題に積極的に取り組んでおり、住民との信頼関係も確実に形成されつつあります。地域包括ケアを推進する上で、地域包括支援センターの機能を有効に活用することが現実的です。例えば、同センターが開催する地域ケア会議や地域住民の学習会、地域活動協議会や民生委員との連携会議を活用しながら、行政・支援機関等との連携・協働を重ねていく事が可能です。既存の「まちづくり支援センター」や「障がい者相談支援センター」「コミュニティ・ソーシャルワーカー」等の支援機関や専門職はこの身近な地域の協働の場に積極的に参画することが可能です。
しかし一方で、地域包括支援センターは介護保険制度の機関という制限があり、残念なことに行政の担当者の中には制度外の相談支援に関わることを制限しようとする動きも在しています。それ故、先に述べた「行政の事業連携への決意」が重要で、既存事業や機関に地域包括支援センターとの連携を図るよう積極的に促すことが必要です。さらにいえば、包括支援センターに他の制度を活用した専門職(例えば障がい者相談支援やCSW等)を配置する政策があってもしかるべきだと思います。
大阪市の地域福祉基本計画に示されている「本人を中心とした『相談支援機関・地域・行政が一体となった総合的な相談支援体制』【めざすべき理想像】」(※)の図には、本人を中心に様々な住民や機関・専門職等が連携して支援の輪を作っていく姿が描かれています。そこでは「主たる相談支援機関」と「地域との連携を深めるCSW(コミュニティ・ソーシャルワーカー)」、「区保健福祉センター職員」の三者が連携して「地域で住民の活動を支える」「施策横断的な支援を調整する」「総合的な支援調整の場を作る」等の中間支援機能を果たすことによって、「だれもが住み慣れた地域で安心して暮らせる地域社会の実現」をめざしています。
せっかくの「めざすべき目標」を単なる「理想像」として歴史的資料にとどめてしまうか、それとも、大阪市を住民参加の活力ある自治体に変革させるか、行政・専門機関・市民の力が試されています。