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コラム「夢を抱いて」

自分と家族の未来のために

2019年1月28日

ライフサポート協会 理事長 村田 進

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 いま「幸福の増税論」(井出英策著 岩波新書)という本が売れています。

 長年にわたるアベノミクスが効果を上げることなく、国民の中の格差は広がっているにもかかわらず、「社会保障の充実や格差拡大の政策は必要だが、消費税の増税は反対」というおよそ不可能なスローガンを掲げるばかりの左派・リベラルに対する強烈な批判であり、低迷する日本社会のもう一つの未来を提示した本です。

 まず、著者は「生活水準の低下、将来への不安、国際的な地位の低下」という日本の現状を踏まえるべきだとしています。1990年代には世界2位を誇った国民1人当たりのGDPは今や18位に低迷し、1970年代に20%を超えていた家計貯蓄率も2016年には2%に落ち込み、世帯収入が400万円未満の世帯が全体の45%を占める日本の現実。自己責任論が支配する中、老後の蓄えはおろか子育ての負担にも耐えきれない状況で不安におびえている大勢の人々にとって、「社会保障の充実」が低所得者の既得権と映り、「生活保護費1割カット」を掲げる国政政党に多数派を与える「弱者切り捨て」の分断社会をうみだしつつあります。

 そこで著者は、「再び成長を」という幻想を捨て、「貯蓄ゼロでも不安ゼロの社会」に向け、医療・介護・教育の無償化というベーシック・サービスを全国民に保障し、その財源としての増税を提案しています。増税は徴税能力の高い消費増税と、所得税をはじめとした富裕層への累進課税強化の組合せで富の再分配を図るとしています。

 かねてより、社会保障の最大の課題は財源問題と主張してきた私にとって、全面的に共感できる提案です。

 さらに、同書で井出氏は社会福祉のあり方に言及しています。公共部門の責任論がまずあり、政府による保障を底上げしたうえで、かゆいところに手が届くように「公・共・私のベストミックス」で頼りあえる社会を構想したい。その際、社会の課題を掘りおこし、専門的な知見をいかしながら、ときには行政に働きかけ、ときには地域の人的、社会的資源をフル活用しながら、人びとの「よりよい生」を実現していく「ソーシャル・ワーカー」の育成や雇用が重要と述べています。

 井出氏の論を待つまでもなく、今日の社会福祉には、多様な課題が複合化・深刻化した状態で表れ、従来の縦割り制度に基づく支援では対応しきれない状態がうまれていました。これに対する支援は本人の住む地域において包括的に取り組まれる必要があるとして制度改革が積み上げされた結果、昨年の「地域共生社会」構想に至っています。

 住み慣れた地域でのソーシャルワーク展開の理論は、「地域を基盤とするソーシャルワーク」(community based social work)と規定され、それは8つの機能を持つとされてきました。(注-1)

  1. 地域生活上での「生活のしづらさ」という広範なニーズへの対応
  2. 問題解決の主体を当事者本人におく本人の解決能力の向上
  3. 複数機関による問題解決アプローチを重視する連携と協働
  4. 「個を地域で支える援助」と「個を支える地域をつくる援助」という個と地域の一体的支援
  5. 地域住民が参画した発見から見守りまでの長期的対応での予防的支援
  6. 高度なアプローチのためのケアカンファレンスが不可欠な支援困難事例への対応
  7. 住民・専門職・行政の全てが権利擁護の担い手になるシステムとしての権利擁護活動
  8. 住民参画の地域福祉計画、社会資源開発、制度見直しにつなげるソーシャルアクション

(注-1)岩間伸之「地域を基盤としたソーシャルワークの特質と機能」(2011年 ソーシャルワーク研究Vol.37)

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 本人の思いを中心に地域住民、専門機関、行政等が連携して取り組む中で、誰かに問題解決を押し付けるのではなく、それぞれの出来ることを持ち寄って、協働して解決の道を探る過程が重要となっています。それぞれが主体的に関わる経験を通して、従来は地域の中で避けられてきた問題を住民自身の問題として考えていくような意識が育まれ、結果として支え合う地域社会への変革の可能性を開きます。

 既に地域では、介護保険のケアマネージャー、障害福祉サービスの相談支援員、病院の医療ソーシャルワーカー、学校にはスクールソーシャルワーカー、子育て世代支援センターの保健師等、様々な課題に対するソーシャルワーカーが活動しています。また、地域には民生委員や町会長などの住民活動家だけでなく、認知症サポーターや災害時要援護者支援員などの住民ボランティア、子ども食堂など地域課題に取り組む様々なNPO等の活動が存在しています。

  地域を基盤とするソーシャルワークを現実化するためには、まず、身近な地域で活動する様々な人々をつなぐ協働の仕組みをつくり上げていかねばなりません。そのためには、①本人への包括的支援、②多機関の協働・調整、③地域住民の活動支援という3つの機能を果たすソーシャルワーカーが不可欠です。現在の制度でこの機能を発揮する可能性を持っているのが「地域包括支援センター」です。しかし、このセンターは権限や体制等が介護保険制度の枠に縛られて多様な取り組みに関わることができません。

 政府の掲げる「我が事、丸ごと」の「地域共生社会」ビジョンを実現するには自治体の一歩踏み込んだ地域福祉推進策が求められています。地域包括支援センターに身近な地域での中間支援機能を与え、多様な地域課題に対応できる権限・財源・体制を整備することが一番早い道ではないかと思います。おりしも全国市長会は「協働地域社会税(仮称)」構想(注-2)を打ち出し、地域のコミュニティ機能を強化するための人材育成・確保のための財源を自治体自らが集めようという画期的提案を打ち出しています。
(注-2)「ネクストステージに向けた都市自治体の税財政のあり方に関する研究会」報告(2018年5月)

  一方で、地域協働を進めるのに一番遅れているのが行政機関といわれており、人口減少社会を乗り切るためにも行政自体が積極的に地域と協働する仕組みを組織的に検討する段階にきています。そこで、例えば自治体採用後3年目の若手職員を2年間、包括支援センターに配属させ、地域での協働活動を経験させ、包括支援の視点と地域の住民・専門機関とのネットワークを役所に持ち帰り、「公・共・私のベストミックス」につながる政策を推進する人材となってもらうのはどうでしょうか。

 日本社会の停滞が早や30年近くになりつつある中、新しい日本の進路へ様々な提案や議論がなされています。どこかの誰かに頼るのではなく、国民1人ひとりが自分や家族のためにどうすればいいのか。他人事でなく、一人ひとりが大切にされ、互いを思いやれる社会への動きは間違いなくそこまでやってきています。