コラム「夢を抱いて」
2020年3月31日
ライフサポート協会 理事長 村田 進
新型コロナウィルスが世界をパンデミックに陥れ、東京オリンピックの延期の事態まで引き起こしています。このウィルスで重篤化しやすい高齢者や障害者を支援する私たちは、自身の感染を避ける行動に努めるととともに、事業所の感染対策に最大限の努力を払わねばなりません。
名古屋市は緑区のデイサービス2か所で新型コロナウィルスの集団感染が発生したことを受け、緑区と隣接する南区のデイサービス126か所に2週間の休業を要請しました。そこに通う約5800人の高齢者の日常生活は、大きな変更を余儀なくされることになりました。しかし、家族がいる方はまだしも、一人暮らしや高齢者夫婦の家庭は大変な困難に直面することになります。入浴や食事、排せつ等の基本的な生活支援はもとより、引きこもりを避ける外出機会も奪われ、認知症の進行にもつながりかねません。突然の要請に、ショートステイやホームペルパーでの代替えも不可能で、やむなく心ある事業所が感染リスクに留意しながらデイサービスを継続させていたと聞きます。休業要請をした名古屋市長は、はたして要介護高齢者の生活困難に思いをはせていたのでしょうか。有効な代替策も提示せず、「一斉休業」を要請する政治家のパフォーマンスに関係者は振り回されているように思います。
危機の時こそ、自治体は実情をしっかり踏まえて地域や関係者とコミュニケーションをとりながら具体策を進めていくべきです。
20年前に改正された社会福祉法は日常生活に多くの困難を抱えた高齢者・障害者等の当事者と家族の粘り強い運動によって実現しました。「福祉は権利」として、それまでの行政による「措置」から、本人による「サービスの選択・契約」へと大きく転換するものでした。しかし一方では、中曽根政権時代から続く「自己責任」「小さな政府と市場経済重視」の政策によって、「公的責任の後退」と「新たなビジネスチャンスとしての福祉」に向けた転換という側面もありました。
これまでの社会福祉法人中心の福祉事業では必要なニーズに全く対応できないと、株式会社等民間事業所に一気に窓口を開きます。その結果、報酬の不正請求(いわゆる詐欺)や、本人意思を無視したサービスの押しつけ、虐待事例が頻発しました。障がい者就労支援A型や障がい児放課後等デイサービスの民間事業者が次々と認可され、雨後の竹の子のごとく増えた事業所は利用者確保のために本来の障がい者の自立支援という事業目的とは相いれないサービス内容や不正行為に走りました。社会的に批判が起こる中、行政は指導に乗り出しますが、民間丸投げで職員に支援内容を指導する能力が無くなった行政は、一転して報酬削減という形で事業所を締め付けはじめました。介護保険事業では「通所介護」や「訪問介護」等の零細事業所がつぶれざるを得ない政策誘導が行われています。その結果、まじめに支援に取り組む事業者の収益までが悪化し、事業の継続が危ぶまれる事態を生んでいます。
一方で、介護職員の不足と処遇改善の必要性が問われる中、政府は基本報酬の削減と合わせて現場職員のみに支給する「処遇改善交付金」制度を創設し、事業者が適切に職員処遇を改善するよう指導しています。人件費等、目的別に報酬を厳しく定めていたかつての措置制度に戻ったかの状況です。
本来、「本人主体」の福祉制度への転換を目指すのであれば、まず、「本人の権利」を保障する仕組みをしっかり作ることが必要です。確かに成年後見制度は同時に創設されましたが、専門職による相談だけではとても対応しきれないことは最初から明らかで、市民後見人の育成に取り組む自治体も増えてはいるものの、圧倒的に不足しているのが現状です。サービスの質を担保するべきケアマネージャーも、急遽の創設で多くがケアプランナーに毛が生えた程度のレベルにとどまり、サービス評価第三者機関も書類中心の行政監査を多少上回っている程度です。
この間、論議されてきた「地域包括ケア」のように、本人のいる地域で、本人の意向を知り支援する関係者が連携して、本人に必要なサービスを調整する仕組み作りが急がれます。その際、行政はこの仕組みが円滑に進むように制度や財源でしっかり手当しながら関係者を調整するという重要な役割を果たさねばなりません。
「公的責任の明確化」とは、全てをかつてのような行政による丸抱えに戻るのではなく、当事者を含む住民や関係機関としっかり連携・調整して「本人主体のサービス」を確保することに行政が責任を持つ点にあります。そして、その過程で浮かび上がるニーズを地域福祉計画に反映させ、改善すべき課題のための法整備に取り組むことです。
社会福祉法人の原点には戦前の社会事業があります。日本政府が資本主義経済を推し進める過程で、社会から切り捨てられた子どもや女性をはじめ多くの貧困にあえぐ人々を救済するために、私財をなげうって取り組んできた先人の運動がありました。
今日、二万を超える社会福祉法人の設立時期を見ると、介護保険法制定以後にできた法人が三分の一を超えており、今後ますますこの割合が高まることは間違いありません。行政の支援も何もない社会事業時代、行政措置の下請け機能を求められた措置時代と比べ、公的福祉制度が整備され、法人の主体的活動の可能性が広がっている今日、社会福祉法人に問われる役割は極めて大きいと思います。漫然と制度事業のみを運営したり、事業拡大や収益の向上にばかり熱心な法人は果たして社会福祉法人を名乗り続けていいのでしょうか。
困難を抱えた人々を排除する地域社会や法制度に対し、当事者に寄り添い、本人の思いを一緒に社会に訴え、支えあう仲間の輪を広げていく活動が社会福祉法人に求められています。「自己責任」で分断された「格差社会」から、「本人主体」を基礎に人々がつながりあう「連帯社会」を創造していく運動の重要な一翼を社会福祉法人は担わねばならないという使命感を改めてかみしめる時が来ているように思います。