コラム「夢を抱いて」
2021年9月
ライフサポート協会 理事長 村田 進
昨年に続く政権の途中投げ出し。コロナ対策の不備や説明放棄が続く中、近づく総選挙に危機感を抱いた党内からの批判で、菅首相は総裁選を辞退。次の「顔」をめぐって4人が立候補し連日マスコミを占拠する過熱ぶりで、自民党支持率が回復するという現象まで生んでいます。これに負けじと野党も政権交代をめざした政策案を次々に打ち出しています。コロナ感染が落ち着く傾向もあり、論戦のテーマはコロナ対策以外の課題に拡がっています。11月初旬に行われる予定の総選挙もにらんで、与野党から国民へのバラマキ政策が多くみられますが、この際、論議が「日本社会の新しい進路」をどうするかという点に深まってくれればと思います。
そこで、自民党総裁選をリードしているとされる岸田・河野両氏の政策を見てみます。
岸田さんは、小泉政権以来の新自由主義から脱却し、「成長と分配の好循環による新しい日本型資本主義」をめざすとしています。しかし、前首相への配慮かアベノミクスは堅持するとしており、矛盾しています。また、「令和版所得倍増計画」を打ち出し、子育て世代への住居費・教育費の支援や医療・介護・保育従事者の給与増へ「公定価格」の引き上げを掲げていますが、財源の確保策があいまいです。
これに対し河野さんは、財政出動する前に社会保障の効率改革が必要だとし、雇用保険の失業手当と生活保護の間に、職業訓練による個人の自立を促す制度の創設を主張。さらに税金による最低保証年金(基礎年金)の創設によって、「無年金者の救済」を主張しています。前者はイギリスのブレア改革を、後者は先の民主党の改革案を想起させますが、いずれもうまくいきませんでした。また、基礎年金の支給額は年間41兆円を超えており、消費税で16%が必要なため、岸田さんはじめ他の候補から財源はあるのかと問われています。
各候補ともコロナ禍で拡大した社会的格差の解消が課題との認識は共通しているものの、選挙を前にしたバラマキ政策に近く、これまでの政治から大きく転換する可能性のあるものとは感じられません。一方、野党立憲民主党の枝野さんは、「日本の経済と暮らしそのものが緊急事態の状況にある」と訴え、所得再分配政策を近く提示するとしています。
コロナ禍を通して求められている課題は、「格差分断の解消」、「自助から共助」、「量の成長より質の豊かさ」で支えあう社会の実現にあるといえます。ならば、政治のリーダーはこれまでの「市場競争での成長がいずれ全ての個人に成果がこぼれ落ちる」(トリクルダウン)という幻想を明確に否定して、どんな人にも尊厳ある生活を保障し、必要な費用は富に応じた負担を求め、お互いに支えあえる仕組みを市民と一緒に創り出していく責務を負わねばなりません。
河野さんのいう「無年金者の救済」は、高齢者以外の失業手当もない困窮者も含めて、直ちに生活保護を支給し、まず生活を安定させることが必要です。そのうえで、社会参加のための職業訓練の選択を保障・支援していく仕組みが求められます。また、低所得者への家賃・医療費給付を新設することや職業訓練支援によって、かれらの社会経済活動を促すことにもなります。
「医療福祉サービスの効率的運用」については、何より「サービスの質」とセットで考えることが重要で、報酬単価だけでの操作では、利用者サービスにしわ寄せがくるのは目に見えています。コロナ禍でも、防護服に身を包みながら患者や利用者の支援に取り組んだり、利用者の社会的つながりをなんとか支援しようと事業を組み立て続けている医療・福祉事業者がいます。一方で、コロナ患者を受け入れない方針を早々と打ち出し、その後の患者の社会生活に全く関与せず従来事業の継続にいそしむ事業者もいます。医療・福祉の報酬単価を引き上げることは大切ですが、並行して「利用者本位」の事業を推進するための枠組みをつくることが求められています。
つまり、身近な自治体で行政・市民・専門家・事業者の協働の場を作り地域福祉を推進していくこと、そして、そのための財源と権限が基礎自治体に委ねられることが必要です。とりわけ市民による共助活動の支援、市民が参画して事業運用を評価する仕組み、これらの取り組みを広く市民に公表することが重要です。
「人々が安心して暮らせる社会」こそが市民が求めていること。政治はこれにどう答えを出すか、注目の秋です。