コラム「夢を抱いて」
2021年11月
ライフサポート協会 理事長 村田 進
自民党総裁選を勝ちぬいた岸田首相は、間髪を入れず国会を解散。17日後に投開票の慌ただしい総選挙も、終わってみれば与党が絶対安全多数の議席を確保する結果となりました。野党の候補者調整で自民党との一騎打ちを狙った立憲民主党は、逆に大きく議席を減らし、責任を取った枝野さんの辞任を受けて代表選挙を行う事態になっています。安倍・菅政権によるコロナ対策批判が高まる中の総選挙が、なぜ自民党の勝利となったのか、野党の真剣な総括が求められます。
選挙戦では与野党ともにコロナ禍で顕著となった格差解消を訴え、一時金の配布などを公約として掲げましたが、「バラマキ批判」も含めてあまり評判は良くなかったようです。国民はこれらの格差解消策をどう受け止めたのでしょうか?
ひとつには、失業や収入減で厳しい生活困難に直面している人々にとって、一時金10万円では困窮脱却の展望を開けないという現実です。失われた30年といわれる停滞した日本経済で、何より賃金が一向に上がらず、ただでさえ低賃金で不安定な職場をコロナ禍で奪われた人々には、「安心して暮らせる生活」につながる提案が欲しかったのですが、政治家からの中途半端な提案にはむしろ「可哀そうな人へのお恵み」という上から目線を感じたのではないでしょうか。
いまひとつには、野党の多くが消費税減税を掲げましたが、税収の大半を社会保障に回している中、その減額分(5%減税で10兆円)をどこから持ってくるのかについて具体的に示さなかった点です。ほとんどが赤字国債の発行で対応すると考えられますが、これは将来の世代につけを回すだけという問題があり、むしろ財政赤字が突出している日本の財政規律の回復が急務だという現実の中、国民には無責任な「バラマキ」と映ったのではないでしょうか。
発足した第二次岸田内閣は、早速、55兆円を超す経済対策を打ち出しました。生活困窮世帯や経済困難学生、18歳以下の子どもへの一時金給付、看護師・介護士・保育士の給与増額などの格差解消策が中心です。しかし、GO TOトラベルの再開含め、これら過去最大の財政支出を赤字国債で行おうとしている所は前政権と変わりません。
低迷する日本経済と深まる格差社会。袋小路に入った日本社会を抜本的に転換するための三つのポイントを考えてみました。
第1には、国民が安心して暮らしていける社会のためにセーフティ・ネットの再構築が必要です。それは、「可哀そうな人」だけでなく、どんな人でも陥る可能性のある生活困難に対応できる支援制度です。まず、とりあえず生活するための生活資金(もしくは生活保護の無条件適用)、住まいを確保できる家賃補助、困難を社会的に支援するベーシック・サービス(医療・介護・教育等の無償サービス)、就労や社会参加を支援する継続的相談支援が整備された社会に転換することが求められます。
第2には、そのための財源の確保です。税負担の不公平の解消が一つです。大企業や富裕層の税負担を増やすということや、自営業者の所得税逃れを抑止する方策を進めるべきです。しかし同時に、確実に税収が確保できる消費税の増税を考えるべきです。消費税の増税分をベーシック・サービス等で全国民に還元し、しっかりした社会保障制度を作るべきです。
第3には、国民が参加する社会運営の仕組みを作ることです。地方分権などのように、生活問題をより効率的に取り組むためには、それに関わる本人や関係者などの実態を知る当事者が声を出し、評価できることが一番です。社会福祉の多くが地方自治体の責任で進められており、問題は自治体の事業運営に市民がどれだけ関われているかという点です。議会によるチェックには限界があり、地域で起こっている課題をより効率的にすすめるためには、住民や関係者が参加・評価・運営する機構を地域に作ることが重要だと思います。
私たち福祉事業に取り組む立場から考えてみますと、エッセンシャルワーカーの処遇改善は必要ですが、同時に事業効率化に向けた制度見直しが必要です。
コロナ禍での医療体制がなぜうまくコントロールできなかったのかを考えると、日本の医療が民営で医師の判断で自由運営されている現状に行き当たります。診療報酬の増減でしか医療をコントロールできない日本では、医療事業者の優位性があまりに高く、市民が等しく真っ当な医療を受けられる保証はありません。
高齢者・障がい者福祉の制度では、サービス事業者が民間に開放され、サービス量が増えた点はいいのですが、収益性優先で重度の利用者を避けたり、本人ニーズを無視した「効率的サービス提供」が幅を利かすような事業者が放置されています。
限られた財源の中で、専門職への処遇を大幅に改善し、事業を継続させていくためには、自由放任状態のサービス提供体制を抜本的に改善する必要があります。ましてや、ベーシック・サービスとして社会保障サービスを無償化するとすれば、なおさらサービスの総量と質の管理が不可欠となります。そして、その解決のカギは住民等関係者の参加とリーダーシップにあります。
住民や関係当事者の声を中心に政策を計画化し、実行・評価していく仕組みを作ることは地方自治体の「住民自治」を具現化する最も大切な取り組みとなります。
いよいよ地域福祉が自治体民主化競争の号砲となる時代です。