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コラム「夢を抱いて」

社会から孤立する人を援助する

2022年1月

ライフサポート協会 理事長 村田 進

 昨年末の大阪・北新地クリニック放火殺人事件のような、不特定の他者を巻き込む事件が多発しています。2019年7月の「京都アニメーション放火殺人事件」や昨年の通勤電車での放火刺傷事件など、次々に引き起こされた事件は「拡大自殺」といわれています。「拡大自殺」とは、絶望感から自殺願望だけでなく、自分の人生がうまくいかないのは『他人や社会のせい』と恨みを募らせ、復讐願望を満たそうとして無差別殺人につながるものです。

「自己責任」を求める日本社会での失敗は自分一人で抱えるしかなく、助けを求めることすら罪と感じさせられる冷たい社会に絶望し、死ぬしかないと追い詰められた人々が増えています。2020年の自殺者数は11年ぶりに増加して21,081人、特に女性は7,026人、児童は499人でいずれも過去最多となっています。

社会的孤立の背景

 そもそも、高度経済成長以後、日本社会は核家族化、少子高齢化、人口減少等の社会環境の変化に直面しており、人々の支えあいの力が弱体化していることが問題となっていました。一方、世界的にはソビエト連邦崩壊(1991年)後の冷戦終結とインターネットによる情報革命によって、政治・経済・文化のグローバル化が急速に進みます。冷戦に勝利した資本主義の優位性を誇る新自由主義の推進は、国による規制や救済を無くし、市場競争最優先で結果は「自己責任」という資本主義本来の弱肉強食社会を再登場させました。経済のグローバル競争の激化に対し、日本でも非正規雇用拡大などのコストカットが優先され、安定的な雇用環境が失われていきます。2019年の非正規雇用の割合は38.3%にまで増えており、平均給与は年175万円と正規職員の3分の1にとどまっています。中でも、非正規雇用の母子世帯の平均給与は125万円で、子どもの養育や進学に大きな弊害となっています。さらに。この間の新型コロナウィルス感染症拡大が、仕事や支援活動などの社会とのつながりを奪い、ただでさえ不安定だった人々を直撃して社会的孤立を顕在化させることになりました。

政府の孤独・孤立対策

 菅首相は昨年2月に「孤独・孤立対策担当大臣」を任命し、内閣官房に設けた担当室を中心に全省庁の副大臣を集めた推進会議と有識者会議を重ね、年末には「孤独・孤立対策の重点計画」を明らかにしています。「自助」を最優先に掲げていた菅政権が「孤立対策」に熱心に取り組んだといういささか皮肉めいた点はありますが、孤立問題の広がりに素早い取り組み課題を示そうとした点は評価されるところです。

「孤独・孤立対策重点計画」は、基本方針として①「支援を求める声を上げやすい社会づくり」、②「切れ目ない相談支援」、③「つながりを実感できる地域づくり」、④「官・民・NPO等の連携強化」の4つの柱を掲げており、各省庁の課題と解決目標をきめ細かくまとめています。今後、毎年度、各施策の実施状況を評価・検証して、必要に応じて見直しを図るとしています。

 対策の多くは社会福祉のめざす「地域包括ケア」、「わが事丸ごとの支援」、「重層的支援体制の構築」等を通じた「地域共生社会の実現」に通じるものです。これまで各省庁バラバラに取り組んできた支援を、推進会議や有識者会議で調整し進行管理する枠組みが出来たことは重要で、これが着実に機能することを祈ります。さらに、このような枠組みを各基礎自治体の中でも構築し、機能させることが重要で、国からの指導はもとより、各自治体首長のリーダーシップが求められています。

 一方、この重点計画では、孤立問題の理解において不十分な点も見受けられます。基本方針の「支援を求める声を上げやすい社会づくり」の中で、孤立した人が支援を求めない理由として①「迷惑かけること」や「知られること」に対する「ためらい」や「恥じらい」、②「支援制度を知らない」ことが挙げられていますが、孤立した本人の立場に立ったより深い理解が必要だと思います。社会の厳しい自己責任や自助努力の圧力が背景にあり、できていないことへの自責の念にさいなまれながらも、恥を忍んで支援を求めた際に受けた社会の冷たい対応の経験が本人を絶望の淵においやり、相談支援を拒否する行為につながっている現実があります。心を固く閉ざして孤立している人の存在を、社会全体としてしっかり受け止めることが求められています。

本人を支え続けるソーシャルワーカーの役割

 困難に直面している本人に冷たく対応する社会や周囲の人々への不信の一方、求められる自助に応じることができない自分へのいらだちや不甲斐なさ。氷のように固まった本人の心に理解を寄せた上で、「この世にたった一人でもあなたを大切に思っている人がいる」ことを伝え続けるソーシャルワーカーが必要です。本人が自分を大切に感じ、他者を信頼しても良いと思える瞬間が来るまで、しっかりと本人を支え続けるソーシャルワーカーが孤立対策の最前線にいなければなりません。

 また、社会とのつながりを通じて本人の生活を変えていく孤立対策は、あくまでも本人自身の意思に基づくものでなくてはなりません。本人主体を旨とするソーシャルワーカーは、本人が生きる意欲を取り戻し、本人自身が社会とのつながりに一歩踏み出していく過程をしっかりと支え続ける大切な役割を果たさねばなりません。

 今やソーシャルワーカーは、医療・福祉・教育・地域と社会の様々な分野で、社会の格差と孤立に陥った人々を支える活動に取り組んでいます。すべてのソーシャルワーカーに対人援助の原点をしっかり踏まえた役割が求められています。

I’m on your side
When times get rough
And friends just can’t be found
Like a bridge over troubled water
I will lay me down

僕は君の側にいる
辛い時も
友達が見つからない時も
激流を越える橋のように
僕がこの身を捧げるよ

(「明日に架ける橋」サイモン&ガーファンクルより)